治療をお休みしていた4カ月の間に・・・
オットが転職したいと言い出し、突然、会社に行かなくなりました。。。
仕事が忙しくて朝の4時頃帰ってきてお風呂に入り仮眠をとってまた朝の7時半頃会社に行く・・・というような生活が続いていたこともあり、疲れてしまったのかな。
ここで働いていると転職活動もできないからと、、、産業医と相談し、会社を休むということになり…
その期間・・・・2カ月!!!!!
2カ月給料が出ない生活・・・給料出ないのにKLCでの採卵~移植までの請求が・・・
家賃代や生活費もあるのに。。。
貯金だって随分と不妊治療に使ってきたからもぅ殆どないし。。。
本当にきつかった・・・。
思い出したくない暗黒時代・・・
そんな中、突然、マイホームを購入・・・
いいんだろうか・・・・・・
不安すぎる。。。
不安すぎるが・・・
でも、そのマイホームのおかげで私の気持ちが少しだけ不妊治療の闇から未来への希望のような光が差しました。
不妊治療という結果の伴わないものに何百万とお金を使ってきた中で、『家』という形のあるものにお金を費やしてくことに、頑張っていかないと!!と思えたのです。
その家は私たち夫婦のやりたいことを詰め込んだものだったので、完成するのが楽しみでもあります。子供がいる場合といない場合で間取りや戸建てやマンションとか色々と選択が変わるのでは??という意見もありますが、私たちに迷いはありませんでした。笑
給料も出てないのに。。。
転職先もまだ決まってないのに。。。
家を買う。
バカじゃん???って笑われると思います。
多分、バカです。。。
でも、本当に不妊治療漬けだった毎日から一転して、不妊治療を考えずに別のことを考えていられる時間があったことで私は救われたような気がします。
ただの現実逃避なのかもしれませんが、、、
私はよかったと思っています。
そして、実母にずっと言えなかった不妊治療について打ち明けました。
7年前に父を亡くし、母には何の楽しみもない・・・といつもぼやいていることがずっと気がかりで、子供ができないことに罪悪感を持っていました。父に対しても何の親孝行もできなかったので、母にはもっと親孝行をしたいし、毎日を楽しく過ごしてほしいと思っているのに、
孫の顔すら見せてあげることができない自分が悲しかったのです。
そんな時に、姉から『母があなたが子供を諦めたみたいって言って残念がっていたよ』と聞いたことをきっかけに、母に不妊治療をずっとしてきたことと、この先も治療はするけれど子供はできないかもしれないという話をしました。
体外受精に対して批判されるのでは・・・と思っていたのですが、『そうだったの。。随分と大変な思いをしてきたのね。でも、家が変わると子供ができるっていうから家が建って引っ越ししたらできるかもしれないわよ。お母さんも子宮後屈と言われてずっとできなかったのに、引っ越ししたらお姉ちゃんができたのよ。できにくいって言われていたから子供は一人かと思っていたのに、今の家に引っ越してからあなたができたのよ。』と言われました。
母もなかなか子供ができずに悩んでいた時があったなんて知らなかったし、こんなふうに言ってくれるなんて思ってもいなかった。
治療を始めたばかりの頃は、余計な心配をかけたくないし、何回目で成功するかも分からないので、移植するたびに、どうだったなどと聞かれることがストレスになるのではないかと思い、言わなかったのですが…言って良かったと思いました。
そして、オットは6月から新しい職場を見つけようやく仕事に行くようになりました。
本当にきつかった…
生きるって大変…って実感しました。。。
私も5月で37歳になりました。35歳から始めた不妊治療も、気がつけばもう2年が経ちました…。
そこで、そろそろ治療を…と考え、ふと一度もやったことのない人工授精ってどうなんだろう…???何もやらないでいるよりも少しでも可能性があるなら、やってみた方がいいのではないかと思い、仕事をしながら通える人工授精をやっているクリニックを探しました。
そこで目に止まったのが、5月に開業したばかりの上野にある『よしひろレディスクリニック』です。
夜の9時まで診療しており、院長のご挨拶欄を読んで、不妊治療をしている人への想いにちょっとじーんとしたのがきっかけで、気がついたら予約をとっていました…。笑
こちらの病院に行ってからのお話はまた次回![]()

